禅の系譜
達磨⇒慧可⇒僧燦⇒道信
僧璨大師の信心銘
至道無難 唯嫌揀擇
但莫憎愛 洞然明白
毫釐有差 天地懸隔
欲得現前 莫存順逆
.道信は僧璨の唯一の弟子で、僧璨は彼に厚い期待を預けた。
「生死のあり方は自由だ!(結跏趺坐で入滅される方も多い。私は今日立って歩み進むのだ!)」
立ったまま僧璨は臨終を迎えた、隋の熔帝の代、大業2年(606年)のこと。
至道無難禅師⇒正受老人⇒白隠慧鶴禅師
私、河本馨は至道無難禅師にあやかって52歳で坊主頭にした。
至道無難禅師が52歳で出家されたから。
建仁僧堂の湊素堂老師のお話から、至道無難という江戸時代の禅僧を知る。
只今、私が度々聞いている「正法眼蔵随聞記(現代語訳)」のなかでも、道元禅師が「至道無難 唯嫌揀擇」に関して教えておられる。
日本古武道伝_南龍整体術_ミロク気功整体院 河本馨
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